財務3表

貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書は、別々の書類ではない。 同じ帳簿を3方向から眺めたものなので、どれかひとつだけが動く、ということが起こらない。 このページはその連動を2つの粒度で動かして見るもので、 上では取引を1件入れるたびに3表が同時に動き、下では会社を60ヶ月動かして3表が毎月更新されていく。 利益と現金がなぜ一致しないのかは、眺めているうちに見えてくる。

DSO や CCC といった語がわからないときは、末尾の用語にひととおりまとめてある。

まず、取引ひとつ分の3表

財務3表は別々の書類ではなく、同じ帳簿を3方向から見たもの。 カードを押すと取引が1件計上され、貸借対照表・損益計算書・キャッシュフロー計算書が同時に動く。 PLが動いても現金が1円も動かない取引と、 現金が大きく動くのにPLが無反応な取引が混ざっている。動いた表だけが一瞬光る。 どの取引がどの表に現れるか、それだけの話が3表の全部でもある。

期首の状態。現金 1,000 と資本金 1,000 だけがある。

貸借対照表 BS

損益計算書 PL

キャッシュフロー CF

1 当期純利益は利益剰余金に積まれる(PL → BS) 2 営業CFは当期純利益から出発する(PL → CF) 3 期末現金はBSの現金そのもの(CF → BS)

会社を60ヶ月動かす

月商1,000万円の卸売業。売上は毎月一定率で伸び、粗利を稼ぎ、売上に見合う設備を買い、利益の一部を配当に回す。 ごく普通の会社の5年間で、既定の設定では最後まで黒字、総資産は5年で1.8億円になる。 それでも12ヶ月目の手元現金は9万円まで細り、途中で銀行から借りている。 稼いだ金がどこへ消えたかは、CF計算書の3区分がそのまま答えになっている。

貸借対照表 BS

損益計算書 PL・当月

キャッシュフロー CF・当月

単位は万円。BSの積み木の高さは金額に比例していて、左(資産)と右(負債・純資産)は必ず同じ高さになる。 縦の縮尺は全期間で固定してあるので、会社が膨らんでいく様子がそのまま見える。

累計純利益と資金余力 — 青が積み上がった利益、橙が使える金(手元現金+未使用の借入枠)。 利益が出ていてもこの2本は同じようには進まない。 橙が0に触れた月が資金ショートで、そこで会社は止まる。

資金余力
累計純利益
経過

成長率を3%に上げてみる。売上も利益も増えるのに、29ヶ月目に資金が尽きる。 そこで支払サイトDPOを回収サイトと同じ90日にすると、他は何ひとつ変えていないのに会社は生き延びる。 支払いを待ってもらう交渉が、値上げと同じかそれ以上に効くことがある。

どこまで自力で成長できるか

成長すれば運転資本も設備も増やさねばならず、その金は利益から出すか、借りるか、増資するしかない。 借りも増資もしないなら、利益だけで支えられる成長率に上限が生まれる。これを持続可能成長率という。 横軸に成長率、縦軸に回収サイトを取り、60ヶ月走らせた結果を塗り分けたものが下の図。 明るい領域が資金の続く範囲で、暗いほど早く尽きる。 破線は式だけから引いた持続可能成長率で、色の境界はそのすぐ隣に立つ。 手元資金の厚さは境界をわずかに前後させるだけで、線そのものは動かない。 交通流の基本図で臨界密度の前後に別の相があるのと、同じ形の話。

モデルと実装

3表がずれない仕組み

キャッシュフロー計算書を現金の動きから別途集計すると、まず期末現金がBSと合わない。 ここでは集計せず、期首BS・期末BS・PLの3つから機械的に導出している。

  • 営業CF = 純利益 + 減価償却 − ΔAR − Δ在庫 + ΔAP
  • 投資CF = −(Δ固定資産 + 減価償却)(括弧の中が当期の設備投資額)
  • 財務CF = Δ借入 + Δ資本金 − 配当、配当 = 純利益 − Δ利益剰余金

この3つを足し合わせると、貸借一致(資産=負債+純資産)から Δ現金 = ΔAP + Δ借入 + Δ資本金 + Δ利益剰余金 − ΔAR − Δ在庫 − Δ固定資産 がそのまま出てくる。つまり期末現金がBSの現金と一致するのは計算結果ではなく恒等式で、 どんな取引を積んでも、パラメータをどう動かしても崩れない。 取引カードもシミュレータも同じ導出関数を通しているので、両者は同一の帳簿エンジンで動いている。

逆に言うと、CF計算書を作るのに新しい情報は何ひとつ要らない。 2期分のBSとPLがあれば機械的に出る。それでも独立した表として並べる価値があるのは、 同じ帳簿を「利益」ではなく「現金」の順に並べ替えると、まったく違う会社の姿が見えるから。

運転資本の置き方

各月末の残高を、その月の水準に対する目標値として置く(目標残高方式)。

  • 売掛金 = 売上 × DSO / 30 — 回収サイトぶんの売上が未入金で滞留する
  • 在庫 = 売上原価 × DIO / 30 — 在庫日数ぶんの原価が寝ている
  • 買掛金 = 仕入 × DPO / 30 — 支払サイトぶんの仕入は、まだ払わなくてよい

当月の仕入は 売上原価 + 在庫の増加分、当月の入金は 売上 − 売掛金の増加分。 売上が伸びている限り増加分は毎月プラスなので、売れば売るほど現金が先に出ていく

設備投資と配当

固定資産は売上に見合う水準を保つように置いている。目標は 売上 × 設備集約度 で、 償却して減った分と成長で増えた分を、毎月まとめて買い足す。支払いは即金。 減価償却は残高の1/60を毎月落とす(耐用60ヶ月相当の定率法)。

設備投資は現金が出ていくのにPLには出てこない。逆に減価償却は PLに出るのに現金は動かない。3表のうちCFだけが投資の実額を見せるのはこのためで、 設備集約度のスライダーを上げると投資CFがへこみ、数ヶ月遅れてPLの減価償却費がじわりと増える。

配当は当月が黒字なら配当性向どおりに払う。資金繰りが苦しくても方針を変えない置き方で、 持続可能成長率の教科書的な定義と揃えてある(現実の会社は苦しくなれば無配にするので、 その分このモデルは厳しめに出る)。配当は費用ではないのでPLには現れず、財務CFのマイナスとしてだけ出る。

成長の上限はどこから来るか

成長すると、運転資本 WC も固定資産 FA も売上に比例して増える。売上が月率 g で伸びるなら、 毎月 (WC + FA) × g の現金を先に出さなければならない。 供給できるのは、稼いだ利益のうち配当に回さなかった分だけ。条件は

純利益 × (1 − 配当性向) ≧ (運転資本 + 固定資産) × g

売上を S、粗利率を m、税率を τ、設備集約度を k とすると、固定費を無視した漸近形で左辺は S·m(1−τ)(1−配当性向)。右辺の投下資本は、在庫と買掛金が売上ではなく原価に 比例することに注意して S·[(DSO + (1−m)(DIO − DPO)) / 30 + k]。両辺の S が消えて

g* = m(1−τ)(1−配当性向) / [(DSO + (1−m)(DIO − DPO)) / 30 + k]

分子は税引後の利益率、分母は投下資本が月商の何倍あるか。つまり g* = 投下資本利益率 × 内部留保率で、これはHigginsの持続可能成長率そのもの。 既定値(m=30%, τ=30%, 配当性向30%, DSO=90, DIO=45, DPO=30, k=1.2)なら月率3.2%、年率にして約46%。 これが相図に引いてある破線で、会社の規模はどこにも入ってこない。 大企業でも零細でも、限界は利益率と回転期間だけで決まる。

実測の境界もほぼそこに立つ。既定の手元資金(現金500+枠2,000)なら月率2.5%までは60ヶ月もち、 2.75%で尽きる。資金を現金5,000+枠10,000まで厚くすると4.25%まで伸びるが、これは60ヶ月という窓が 有限だから。同じ設定を240ヶ月まで走らせると境界は3.25%に戻る。 手元資金は時間を買うだけで、限界そのものは動かせない。 配当性向を0%にすると g* は4.6%(実測3.75%)、80%にすると0.9%(実測1.25%)まで動くので、 配当は成長率を直接売り買いしていることになる。

一方、限界の内側にいても資金余力はまっすぐには増えない。いったんU字に沈んでから回復する。 固定費は売上に比例しないので規模が小さいうちは利益率が理論値に届かず、そこに谷ができる。 既定パラメータの谷底は、g=1.5%なら21ヶ月目に2,204、2.0%なら35ヶ月目に1,560、2.5%なら52ヶ月目に271。 成長が速いほど、谷は遅く来て深くなる。 だから資金が続く条件は「成長率が限界を下回っていること」ではなく、 「谷の深さぶんの資金を、谷が来る前に用意できていること」になる。 黒字倒産と呼ばれるものの多くは、限界を超えたからではなく、この谷を渡りきれずに起きる。

当座貸越と利息の連鎖

現金が0を割る月には、借入枠の残りから自動で引く。引いた残高には年3%の利息がかかり、 利息はさらに現金を減らして次の借入を呼ぶ。枠を使い切ってもなお足りない月が資金ショートで、 そこでシミュレーションを止める。相図で色分けしているのはこの月。

単純化したところ

  • 法人税は当月に現金で払う(実際には未払法人税等として1年近く残るので、その間は現金が助かる)。
  • 設備は買うだけで売らない。除却も売却損益もなく、投資CFは常にマイナスかゼロ。
  • 資金調達は当座貸越だけ。増資も長期借入も元本返済もないので、財務CFに出るのは借入の増減と配当の2つ。
  • 価格・原価率・固定費は期間を通じて一定。需要は外生で、成長率はスライダーで与える。設備を増やしても売上は増えない(因果が逆で、売上に設備が追随する)。
  • 貸倒れ、返品、在庫評価損、季節性はいずれも無し。これらは全部、現金をさらに減らす方向に効く。
  • 回収サイトを長くすると期首の売掛金も大きくなる。その分は資本で賄われているものとして期首BSを組んでいる。

相図の計算

成長率0〜15%を0.25%刻み(61点)、回収サイト0〜180日を5日刻み(37点)の格子で、 各点につき60ヶ月を走らせる。全体で約13万ステップなので、 スライダーを動かすたびに全面を計算し直しても間に合う。他のパラメータは常に現在のスライダー値を使う。

配色について

資金が尽きる月は順序のある量なので、単一色相の明度ランプで表している(暗いほど早く尽きる)。 60ヶ月もつ領域だけは別の明るい面で塗り、境界が線としてはっきり見えるようにした。 BSの積み木は資産側を橙系、負債・純資産側を青系にしてあるが、 色に頼らずに読めるよう金額はすべてブロック内に直接置いている。

用語

このページに出てくる語を、出てくる順にひととおり。 金額はすべて万円で、月商1,000万円の会社を例にしている。

3つの表

貸借対照表BS / balance sheet
ある一日の残高。左に金の使い道(資産)、右に金の出どころ(負債と純資産)を並べる。 同じ金を2方向から見ているだけなので、左右の合計は必ず一致する。
損益計算書PL / profit and loss
一定期間にいくら儲けたか。現金の出入りではなく、売った時点・使った時点で数える。
キャッシュフロー計算書CF
同じ期間に現金がいくら増えたかを、営業(本業で稼いだ分)・投資(設備などに使った分)・ 財務(借りた分と株主に返した分)の3つに分けたもの。
発生主義
現金が動いた日ではなく、取引が成立した日で記録する考え方。 「売った」と「入金された」が別の日になるので、利益と現金がずれる。ずれの正体はほぼこれ。
間接法
営業CFを、純利益から出発して現金の動かなかった項目を足し引きして求める書き方。このページの表示はこれ。 反対に入出金を直接集計するやり方を直接法という。

BSに並ぶ科目

売掛金AR / accounts receivable
売ったが、まだ回収していない代金。相手に無利子で貸しているのと同じ。
買掛金AP / accounts payable
仕入れたが、まだ払っていない代金。こちらは相手から無利子で借りている状態なので、多いほど資金繰りは楽。
在庫
仕入れたが、まだ売れていない商品。売れるまでは費用にならず、資産として現金を寝かせている。
固定資産
設備や建物など、長く使うもの。買った月に全額が費用になるのではなく、減価償却で少しずつ費用になる。
減価償却depreciation
固定資産の値段を、使う年数に割り振って費用にしていく手続き。 PLには出るが現金は出ていかないので、営業CFでは足し戻す。
資本金
株主が出した金。返済の必要がない。
利益剰余金
稼いだ利益のうち、配当に回さず社内に積み上げてきた累計。創業以来の通信簿にあたる。

回転期間 — スライダーのDSO・DIO・DPO

回収サイトDSO / days sales outstanding
売ってから代金が入るまでの日数。90日なら3ヶ月分の売上がまるごと売掛金として寝ていることになり、 月商1,000万円なら3,000万円が回収待ちで滞留する。「サイト」は支払期日の意味。
在庫日数DIO / days inventory outstanding
仕入れてから売れるまでの日数。長いほど在庫に現金が沈む。
支払サイトDPO / days payable outstanding
仕入れてから代金を払うまでの日数。ここだけは長いほど得で、 その間は仕入先の金で商売していることになる。
CCCcash conversion cycle / 現金循環化日数
DSO + DIO − DPO。金を払ってから回収するまでの日数で、 この日数ぶんは自分で立て替えなければならない。既定値は 90+45−30 で105日。 小売のように現金で売って支払いを待ってもらう業態では、これがマイナスになることもある。
運転資本
売掛金 + 在庫 − 買掛金。事業を回すために寝かせておくしかない金。 売上に比例して増えるので、成長すると勝手に膨らむ。
投下資本
運転資本 + 固定資産。事業に突っ込んである金の総額。

収益性と成長

売上原価
売れた商品の仕入値。売れた分だけが費用になるので、仕入れた額とは一致しない。
粗利率売上総利益率
(売上 − 売上原価) / 売上。売値と仕入値の差が売上の何割か。
固定費販売管理費
売上が増えても減っても変わらない費用。家賃、人件費、システム利用料など。
設備集約度
月商の何倍の固定資産を持つか。このモデルでは売上に見合う設備を自動で買い足す。 製造業や鉄道は大きく、卸売やソフトウェアは小さい。
配当性向
純利益のうち株主への配当に回す割合。残りが社内に留まる。
内部留保率
1 − 配当性向。稼ぎのうち会社に残る割合。
投下資本利益率ROIC
純利益 / 投下資本。突っ込んだ金がどれだけ利益を生むか。
持続可能成長率SGR / sustainable growth rate
借入も増資もせずに保てる成長率の上限。投下資本利益率 × 内部留保率で決まる。 相図の破線がこれで、既定値では月率3.2%。

資金繰り

当座貸越借入枠
あらかじめ銀行と結んでおく契約で、口座の残高が足りなくても枠の範囲までは決済できる。 使った分だけ利息がつく。日常の資金繰りのための短期の借入。
資金余力
手元現金 + 未使用の借入枠。あといくらまで払えるか。 グラフの橙の線で、これが0に触れた月が資金ショート。
資金ショート
払わなければならない金が用意できなくなること。支払いが止まると取引も止まる。
黒字倒産
利益は出ているのに資金ショートで事業が続かなくなること。 利益は発生主義で数え、支払いは現金でしかできない、という食い違いから起きる。
法人税
利益にかかる税。ここでは税率30%で、黒字の月にだけかかる。